日本人の食の歴史DNA「パート2」

日本人の食の歴史DNA「パート2」

日本人の食生活は16500年前の縄文時代や弥生時代の野生の自然食と稲作でのお米との食生活が長く続きましたが、その後の何回もの諸外国との交流によって大きな変化をしながら現在の食生活にたどりついております。

 

天神で飲み放題のお店にいこー

 

飛鳥時代や奈良時代には、仏教伝来と言う大きなインパクトがありましたので中国大陸や朝鮮半島からは大量の技術や文化とともに食文化も導入されました。

 

この時期には大陸からのかなり大量な人たちが日本に移住してきましたので人種の混合も進み食文化も大きな変化をしました。

 

端午の節句や七夕等の行事に代表されるような祝い事や晴れの日のための特別な料理も中国大陸から伝来したものです。

 

 

 

各種の油を使った唐揚げや南蛮漬け等の料理法も中国から伝えられて次第に日本料理として昇華されてゆきました。

 

戦国時代の小田信長の時代には、日本人が接した初めての西洋人であるポルトガル人が火縄銃を伝えキリスト教も布教しました。

 

天ぷらなどのポルトガル料理やカステラ、金平糖もポルトガルから伝わったそうで、日本の懐石料理などにも影響を与えているそうです。

 

更に時代が進みますと明治維新以後にはイギリス、フランス、ドイツなどとの交流が進み日本に本格的な洋食文化が導入されました。

 

難波の個室がある居酒屋

 

横浜や神戸には当時に建設された迎賓館などの文化的遺跡も残っています。

 

第二次世界大戦の終焉後は戦勝国であるアメリカ文化が一挙に日本に入ってきてビフテキやハンバーガー等の食生活が入ってきました。

 

本来の日本の料理は「焼く・煮る」が中心で、米を主食とする食生活に副采として魚介類や野菜などを煮物にしたり焼いたりして食べておりましたが、天ぷらの様に小麦粉をつけて油で揚げる料理法はポルトガルから伝わったとされて居ます。→次章へ続く